コンピュータ打ち込み音楽と私(2)TMネットワーク

 誰が何と言おうと、エピックソニーの商業主義と蔑称されようと、たとえ多摩ネットワークの略称だと分かっても、私はTMネットワーク(以下TM)で中学校ライフを謳歌した。
 きっかけは1987年の春に遡る。当時私は中2だった。



 私のクラスでは、朝のHR時にみんなで歌をうたうという変な慣例があった。授業で習ったものではなく、誰が言い出したのかB紙にマジック書きされた歌詞を見て、ラジカセから流れる歌にそって合唱。時には中山美穂、時には南野陽子。その中でTMの「GetWild」が歌われた。シティハンターのエンディングで使用されていたそうだが当初は特別な感情も持たずに淡々と歌っていた。

 しかし、潜在的に「コンピュータ音楽の渇望」に渦巻いていた私に衝撃が訪れた。ある日の深夜番組で観た、「キーボードを4、5台並べ、バックにPCのディスプレイを従えるメンバーの姿」の映像は、まるで宇宙空間を見るようで、夢だった世界が間近にあった。
 機械のように鍵盤をタッチする彼の名は「小室哲哉」。「飛行機のコックピットを模った」小室のパフォーマンスは、当時「ゲームミュージック」で満足していた私を夢の世界へ誘った。c0004895_22112444.jpg
 知れば知るほど奥深くなるコンピュータ音楽。確かにYMOが散開したあとも坂本龍一は積極的にシンセを導入した近未来的な音楽を展開していたが、当時の私に坂本龍一は「思想としての音楽」と映り、謎が多かった。ビジュアル的にコンピュータと音楽の繋がりを表現していたTMの方が分かり易く、興味を欠くことがなかった。
 ひとつひとつ、曲を挙げてもキリがないので詳細は割愛するが、現在と違いPCの普及率が極端に低い時代に、音楽にコンピュータを取り入れるだなんて・・・という気持ちだった。
 
 私はなんとかTMに近づこうといろいろ苦肉の策を図った。PC云々は無理、さりとてピアノで表現は不可能・・・しかし、お年玉で購入した安いキーボード(4オクターブ)を2台並べて、さながら「小室プレイ」。自己満足この上なし。自分に酔いまくった。俺カッコイイ・・・なんて俺、凄いんだ・・・なんでモテなかったんだろう・・・(当時真剣)。

 TMへの熱が下がることなかった時期が続いていた私だが、1988年の冬、「CAROL」というアルバムが出てから、その熱は一気に冷めた。理由は「コンピュータがあんまり出なくなったから」。物語的な音楽のようだったが、ファンタジーとかそういう路線を望んでいなかった私は、裏切られた気分で一杯になった。音楽へのPC導入も珍しくなくなった頃には全く見向きもしなくなり、TMNと略されていつの間にか解散していた頃には思い入れも消えていた。

 ただ、「humansystem」を含めた初期のTMに対する私の評価は変わらない。オモチャ音楽と揶揄されるなら、TMは「AIBO並みのオモチャ」だった。最先端だったNECのPC9801が音楽と直結する。まさにコックピットを操縦する小室哲哉の姿を、私は今でも忘れない。
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by lidth-s-jay | 2004-12-25 22:47 | 音楽・芸能