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NTTの各サービス・その1「ハローダイヤル」

 私は知らなかったのだが・・・「ハローダイヤル」って今でもサービスやってたんだ。よく考えればハローページよりも手っ取り早いサービスであり、消える必要もないか。あと「伝言サービス」も。こっちは災害時に重宝されるらしい。こういうアナログ的対応ってのはまだまだ強いなあ、って思った。もちろん嫌いではない。

 さて、特に高校生の頃に思い出されるのが冒頭の「ハローダイヤル」と、天下の「ダイヤルQ2」である。どちらも結構書ける気もするので、まずは「ハローダイヤル」だけを紹介する。
 もしこの項をご覧いただいた方で「ケータイ・ポケベル以外のNTTサービス」について何か変なものがあれば教えていただきたい。




「ハローダイヤル」。現在は「NTT番号情報サービス(NTT-BJ)」という会社がサービス提供しているのだが、東西NTTが関東だの関西だのと、今より細かく地域分社化されていた時の話。オペレーターを通じて細かく「お店探し」などする、先述通りの「ハローページ電話番」である。
 時代は1989年にさかのぼる。 間違いがなければ、この年からハローダイヤルがはじまっている。当時私は高校1年だった。
 サービス自体はともかく、強烈だったのはあのCMである。中井ミキプルーン貴一がオペレーターとやりとりする内容なのだが・・・もうお分かりの方もいらっしゃると思う。
ラップ調なのである。

 「ちょっとききたい」「はいどうぞ♪」からはじまり、見事な?七五調で言葉が繰り返される。納得した中井貴一は「ありがとう」ダダダン♪ダダダン♪(首を左右に振る)。少し真面目な説明が入って〆のラップ。
 「ぼくは いつでも ハローダイヤル NTT!」
 腰が抜けるような、悪く言えば冗長な30秒CMだった。しかし、これが一時的に同級生の間で流行ってしまった。誰も中井貴一のメニーメニーなラップを模倣する事はできず「おいアレなんていってたっけ?」「とりあえず最後は「ぼくはいつでも・・・だよな!!」「そうそう」と生産性ない会話が繰り広げられた。

 それでも飽き足らない私と友人のトラ君は、夏休み中に登校して来たある日の午前、「貴一のようにスマートにやってみようぜ」と、学校の公衆電話を使用してハローダイヤルにトライアルしてみた(くだらない事が好きなニシちゃんも連行した)。事務室の手前なおかつ職員室に近い場所でよくもまあ酔狂なことを、と思ったが、二人は真剣だった。こっちが真剣にラップに挑めばオペレーターも返してくれるのかな、と。
 で、実際にやったのは私なのだが、緊張と込み上げる笑いで、全然ダメだった。最初の「ちょっとききたい」からつまずいて「ちょっとききたい・・・んですけど」になってしまった。ここからは単純な問い合わせであった。しかもセリフを考えていなかったのでしどろもどろになり「町内でうどん屋を探しているんですけど」なんて、どうでもいい事を聞く以外になかった。バカバカ。今でも後悔している。オペレーターも当然普通に対応してくれた。あああ・・・。
 で、トラ君はというと、何もできない私を、ニシちゃんとただ笑って見てた。「やっぱできないだろ」って感じで。敗北。もう私は退却するから。せめて最後は頼む、とトラ君に代わってもらった。
 トラ君は見事だった。貴一と同じ「ぼくはいつでもハローダイヤルNTT!!!!」と言い切って受話器をガチャン。なんだ最初からトラにやってもらえばよかったクソゥと思いながら笑うしかなかった。
 
 全国であの貴一ラップを体現できた人は結構いるんだろうが、気になるのはオペレーターも同調してくれるかである。現在のように女性HIPHOPが皆無だったあの頃、そんなノリのいい応対をやってのける方がいたか、ちょっと考えにくい。ハルカリや林家きく姫のような軽快な言葉遣いのできるオペレーターは、今ならいるのだろうか。でも田舎じゃ無理だな(泣)

 私にとってのラップの目覚めは、RUN DMCでもMCハマーでもなく中井貴一だ。強いてあげるんなら吉幾三だろうがあれはただの早口言葉だと思っている。

※2013年5月28日追記:そのCMがありました。15秒でしたね。リンク切れはご容赦を。


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by lidth-s-jay | 2004-12-05 13:51 | 流行