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コンピュータ打ち込み音楽と私(3)PSY・S"サイズ"

 なんと2年ぶりのこのシリーズである。しかも、PSY・Sについては1年前に「そろそろ書く」と綴っておいて、そのあと見事に放置。・・・まあ、この辺にしておこう。
 その分、あまりにも内容が主観的過ぎて怖い部分もあるので、今回はいきなり「続きを読む」でご覧いただきたい。



 
 種ともこのMacの打ち込み、TMネットワークのPC98+シーケンサーを並べた管制塔プレイ、それぞれに10代の私には魅せられるものが多かった。
 そんな中出会ったのが、PSY・Sだった。
 プロデュース・楽器担当の松浦雅也、VOCALのCHAKA、の大阪人二人組。



 1988年(昭和63年)の初夏。
 同じクラスのタカミが「これ聴くか?」ってCDを貸してくれた。
NON-FICTION
PSY・S / ソニーミュージックエンタテインメント



 サイズ・・・名前は聴いたことあるし、テレビでミュージッククリップも見た。少女の強いボイスのイメージだけは覚えがあった。・・・が、他の印象は薄かった。
 でも、せっかくだし借りてみた。家のプレイヤーで再生。

 驚いた。
 隙間無く完成されたパズル画がリアルに動くような演奏、高音を自信たっぷりに響かせるボーカル。さらに驚愕したのが、生演奏だと思っていたものはフェアライトという電子楽器(サンプラー)が全て担っていたことである。
 アニメ「シティ・ハンター」テーマの「Angel Night」が有名なようだが、私は断然一曲目の「Parachute Limit」だった。あとメロウな「Silver Rain」も。



 高校に入ると、今度はまた同級生のニシチャンがアルバムを貸してくれた。自分で買うとか、レンタルするってことを考えなかったんだろうか自分。
ATLAS
PSY・S / ソニーミュージックエンタテインメント


 

 本人たち曰く「Non-fiction(先のアルバム)が自分たちの最高傑作」とのコメントを出していたようで、確かにポップで煌びやかな“Non-fiction”に比べて、この"Atlas"は何か謎めいた雰囲気が散りばめられていた。
 しかし、私はむしろこちらの方にココロを引っ張られた。
 まるで水潤う森の中で高らかに声を響かせているような「Wondering up and down」、
 秋の移ろいを感じさせた「遠い空」、
 天空の光に吸い込まれる「引力の虹」
 そして悲しい残響音から始まる「WARS(Reprise)」・・・
 
 「Wondering~」などは、目を閉じると景色が浮かぶ歌として、16年経過した今でも、あれほどの「色の美しい音」を聴いたことは、ない。
 これ以降、PSY・Sの出したアルバムは買って聴くようになった。多くは割愛するが、以降はポップだったりジャズスタイルだったりと、様々なジャンルの「カラフルな歌」を耳にした。

 タイトルのコンピュータ打ち込み、については、フェアライトというサンプラーを使っている事実を知った以降も、実はあまり気にはしていなかった。
 少なくとも、PSY・Sはテクノではなかった。コンピュータの匂いはしたけれど、サンプラーから聴こえるのは生演奏に近いものだった。
 私は、PSY・Sを勝手に「理科室音楽」と呼んでいた。学校の薬品や実験道具から生まれたような、少しリンゴの酸味が漂う場所で作られた音楽。

 その思いを際立たせたのが、私がPSY・Sを知る前、1987年に出ていた
Mint-Electric
PSY・S / ソニーミュージックエンタテインメント



 このアルバムである。
 「電気とミント」「レモンの勇気」などの(ファンにとっての)代表作は後になぜかリミックスにより劣化してしまったが、当時は強い酸味の芳香を放っていた。
 全体的に打ち込みの度合いが分かりやすく、一方でそれまでのシンセ一辺倒だった初期アルバムよりも音楽の成熟が近づいてきた作品だった。
 

 そんなPSY・Sだが、次第に音楽方向性のチグハグさが目立つようになっていった。1994年に全アコースティックアレンジ化したベスト「HOME MADE」を出したかと思えば、同年冬にはかつてのコンピュータメイド的アルバム「Emotional Engine」を発表していたが、「うた」と「音楽」のありかたで、PSY・Sの二人のベクトルの向きが変わっていくようだった。実質、これがラストアルバムとなった。
 そして1996年8月、ベスト「Two Bridge」を発表し、PSY・Sは解散した。

 その後松浦はプレイステーションソフト「パラッパラッパー」をロドニー・アラングリッドらとともに制作し成功を収め、現在も音楽系ゲームプランナーとして妻の(松浦)季里と活動しているようだ。
 一方CHAKAはアコースティック・ジャズに完全路線変更し、各地のライブハウスをまわっている。確かに現在40の半ば、声量的にも円熟さを帯びているのだろうが、聴いてはいない。創価学会の活動に精力的という話もあった。


 ちょうど私が社会人になった年の夏に、PSY・Sは解散した。10年前のことだ。
 特に中学、高校の音楽を楽しませてくれたポップデュオの記憶として、輝かしかった“マイティ・スマイル”を思い浮かべて。
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by lidth-s-jay | 2006-11-22 09:13 | 音楽・芸能