アイドルに夢中になる子供は、昔もいた。
 今のアイドル好きな人の程度がどれほどかよく分からないが、たとえばコンサートに行くとかグッズを集めるとかは今昔同じなのだろうか。現在のアイドルトレンドを書くにはモノを知らなさ過ぎるが、昔のことなら少しは思い出せる。
 1984年(昭和59年)春の話をしよう。

 *

 この時期は、ちょうどトップアイドルの転換期で、特に男性アイドルとして人気赤丸急上昇していたのは「チェッカーズ」だった。藤井フミヤとその他大勢がちっちゃな頃から悪がきで15で不良と呼ばれたよとか歌う、あのチェッカーズである。それまでのたのきん、シブガキ隊の人気との比較は難しいものの感触としては相当熱狂的だった。
c0004895_14411122.jpg

 そして、このころ学校では、カンペンケース(金属製の筆箱)に貼り付けるステッカーが流行っていた。そのステッカーは、彼らの写真であるならともかく、「チェッカーズ命」とか「フミヤ命」などと、文字が書かれているだけのものも随分あった(のに結構売れまくっていた)。ステッカーに隠れてしまったスヌーピーやバイキンくんが哀れである。
 学校指定の文具購買店では、ステッカーを買い漁る子が絶えなかった。

 しかし、女子があまりにもチェッカーズかっこいいとか黄色い声で熱を上げてるのは、男子としても面白くなかった。
 ある日、氾濫するステッカーのデコ筆箱に目をつけて、男子が学級会で「あれは学校に不必要なものだ」という規制の動議を提出した。
 女子は当然「そのぐらいいいじゃない」と反発したが、学校という場所ゆえ、言い分としてはやっかみ男子側が優勢だった。私瑠璃カケスも「あんなもの、何の栄養にもならない(同じ30円で麦チョコ買ったほうがマシ)」という詭弁すら堂々と言ってのけた。
 結局、「学校に持ってくるカンペンへのステッカー貼りは禁止」という判断で決着した。
 もっともこれは我が組だけの判断なので、他の組は規制などなかったかもしれない(往々にしてそういうことがある。ゲームウォッチの持ち込みも、クラスによってまちまちだったことがあった)。

 なお、これはステッカーだけの話で、下敷きなど他の文具に対しては規制はされなかった。ステッカーほどの無駄度が低かったからである。
 しかし男子はそれまた面白くなく、チェッカーズグッズを持った女子を見つけては冷やかしを続けていた。自分たちの野暮ったさを棚に上げて冷やかしたところで結局自分たちの価値を下けるだけなのに、男たちは一体何がしたかったのだろう。

 *

 チェッカーズは我々の小学校高学年時代、84年~85年が一番の人気絶頂期だったと思う。92年のNHK紅白歌合戦で解散したが、親衛隊のキンキン声は全く変わっていなかった。

・・・という時代から数十年経過して、なんとあの藤井フミヤさんも今年(2012年)で50歳になるらしく、つい最近、写真を見たら、
c0004895_14413420.jpg

なんというか藤井フミヤというより藤子不二雄Aという感じだった(富永一朗も入ってる)。
 これをかつてのフミヤ命な女子が見たら卒倒するだろうなあ。
[PR]
by lidth-s-jay | 2012-06-05 19:35 | 流行

c0004895_1012681.jpg

 最近、NTTなどのサービスで117、177を利用された方はどのぐらいいらっしゃるだろうか。

 117は24時間リアルタイムで、現在の時刻を調べることができる。これを使って家や自分の時計を調整する。あの声は、NTTドコモの案内や、JRの東海道・山陽新幹線案内をも担当する中村啓子さん(富山県出身)のナレーションによる。メディアへの一切の顔出しは無いそうである。銀行のATMもこの中村さんっぽいのだけどどうなのかな。「いらっしゃいませ、毎度ありがとうございます」っていうやつ。

 177は各地域の気象台から、さらに「気象情報提供事業者」を通し、NTTで自動音声合成で発信している天気予報サービスである。小難しいのでカラクリは省略するが、そこそこコネタは転がっている。

・1日で11回も放送更新されている。
・以前は地域によって番号もバラバラ(東京大阪は「222」、名古屋が「501」‥)、1964年統一。
・177に統一時、番号を「イイテンキナレナレ」と覚えてもらっていたらしい。
・1978年から、「地方番号+177」を利用して全国各地の天気を調べることが出来るようになった。
(以上NTTのサイト参考)

 などなどやはり興味深い。が、ここは小便臭いガッコブログである。瑠璃カケスの体験を紹介したい。




 主に177である(117はキリが無い)。
 岐阜県に住んでいたからであるが、天気ダイヤルを聞いていても、海がない内陸の天気に「波の予報」など存在しない。あと、岐阜でも大きく「美濃地方」「飛騨地方」と区分けされるのだが、後者は深い積雪があって、そんなに雪の無い美濃地方のコドモとしてはそれが羨ましくて羨ましくてたまらなかったのだ。とりあえず雪国気分を享受したく予報を聞き入っていた。「飛騨地方は雪が降るでしょう」ああ・・・。

 それでも飽き足らない。隣の愛知県の予報を聞く。市外局番052+177。波の予報もある。外海とか内海とか、意味が分からない。きっと住んでいる人には波の高さも外海内海も大事なんだろう。くそぅと思う。

 東海地方を越えて、大阪の予報を聞く。06+177。なんと微かに関西訛り。ど田舎から外に出たことがないせいで、方言というものを信じていなかっただけに、感動した。

 北海道も東京もやってみた。正直覚えていない。

 逆にくっきり覚えているのが、沖縄県八重山地方の予報。098**+177。
 なんか最初にオルゴールが流れ、予報ナレーションは聞き取りにくいが「石垣島」「ヨナクニ島」など遥か遠くの土地名が当たり前のように読まれている。これには猛烈に感動した。楽園気分である。多分。
 ちなみに117の時報は市外局番をつけてもみんな同じであった。
 
 どちらにしろ、こんな無駄なトリップをしていたものだから、一時期家の電話料金が跳ね上がり、やがて私の愚行がばれて怒られ、やめてしまった。そのあとダイヤルQ2のアダルトチャンネルでリベンジを果たした。


 ところで、こんなものを見つけた。知ってたけど。
 
c0004895_11235793.jpg

 野口五郎「ダイヤル177」。1981年のシングルレコードである。今となっては聴く方法もないが、一体何を考えてこんな曲を、しかもシングルで。
 歌詞の一部は「回すダイヤル177 天気予報に相槌を打つ」らしい。回す・・・。





 今は天気予報もテレビ・インターネットで細かく即時に知ることができるし、電波時計やパソコンの時計調整機能(ネット使用)で、やはりこちらも正しい時間を簡単に知ることができるようになった。とはいえ、大雨台風時、緊急時には117も177も欠かせない存在である。50年以上歴史のある情報の老舗と、うまく付き合っていきたいものだ。

 ところでダイヤルQ2のほうはもうアダルトはないのかな。
[PR]
by lidth-s-jay | 2007-05-11 11:43 | 流行

 オモチャ屋さんの広告が入ると食い入るように眺めてたあの頃が懐かしい。
 今はオモチャ屋自体、無くなってしまっているけれど。
[PR]
by lidth-s-jay | 2005-08-22 02:39 | 流行

Dr.キャツポー

c0004895_122978.jpg


当時は真剣に購入を検討したものだが・・・
詳しい案内書を請求したこともあったし。
確か「頭の体操」の多湖輝センセイも推薦文を載せていた、記憶が。




キオークマンmk2なんてのもあったな。

c0004895_128634.jpg


って、今でもフツーに売ってるのか・・・「ITキオークマン」というらしいが。
[PR]
by lidth-s-jay | 2005-08-13 01:29 | 流行

(ラストは冗長です、御注意下さい。まずは過去ログからどうぞ)

(3)からの続き・・・>>
[PR]
by lidth-s-jay | 2005-02-03 17:28 | 流行

(前の投稿分からの続きです。)

続き・・・>>
[PR]
by lidth-s-jay | 2005-02-01 17:08 | 流行

 ((1)からお読みください)

続き・・・>>
[PR]
by lidth-s-jay | 2005-01-22 16:15 | 流行

c0004895_15255059.jpg 今回は狭義の学校とも何も関係ない話なのだが、月日が5年以上経過していることだし、ユーザーもかなり多かったSo-net提供の電子メールソフト「PostPet」(以下ポスペ)について触れてみる。インターネットの世界を知るのにポスペを避けては通れなかった。その意味でポスペは「ネットの寺子屋」だった。

続き・・・>>
[PR]
by lidth-s-jay | 2005-01-22 15:23 | 流行

c0004895_22171769.gif「古ゲー玉国」をご覧ください。
 自分的ファミコンネタは無い訳ではないが今日のところはこちらのサイトを紹介するに留めよう。「あんた誰?」と「わいわいワールドX」だけしか観てないけどとてもいい気分になった。
 むしろファミコン経験者にコメント欄で存分に語っていただきたいものです。
[PR]
by lidth-s-jay | 2005-01-19 21:15 | 流行

 今日も学校にいるのだが、パソコンをまともに勉強するのは、これがはじめてだ。

 私が高校3年の頃、はじめて「パソコン教室」という部屋ができたが私たちは利用しなかった。あれは何なんだ・・・と思った。
 大学では情報処理棟でパソコン利用(ネット接続可)が開放されていたが、私の学部では全く使わず、単なるワープロかちょっとしたゲーム遊び程度に利用する程度だった(ちなみにワープロソフトはWord6.0。95の前バージョンだったと記憶している)。インターネットが普及する直前の頃、10年前の話である。
 今回は、そんな「新しい話」ではない。さらに昔、1985年に遡ってみる。

続き・・・>>
[PR]
by lidth-s-jay | 2005-01-11 13:15 | 流行