「ほっ」と。キャンペーン

恋とはどんなものかしら

 好きな女の子ができると、一日中その子のことばかり考えてアレコレが手につかなくなる、という経験がおありの方もいると思う。
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 恋わずらい。そうなったとしても腹は減るし、男ならエロ本とかグラビアを見てたらパンツも脱ぐしで、その辺は理性と欲求の棲み分けはできているようだが、それでも、好きな子のことを考えると夢心地になっていたのは、間違いない。



 瑠璃カケスも何度か恋わずらいを経験したが、特に高校のときだろうか、自分でも気持ち悪いぐらいに、女の子が好きで好きでたまらない時期があった(しかし性欲とは全く別だった。我ながらピュアなものである)。
 夜、布団にかぶっていても女の子のことで頭がいっぱいになる。そうなると、いわゆる躁状態となり、猪突猛進あるのみ、つまり「明日の朝告白するぞ!!」と決め込んでしまう。脳内ウオーミングアップ。そしてストレート3球勝負を挑む気力万全。寝る前なのに。
 これで夜も眠れないか、というと、多少寝つきが悪いこともあったものの、程なく夢の中へ落ちていった。



 朝。身体を起こしてふと考える。「あれっ 告白とか思ってたけど・・・」
 急激にテンションが低下しているのが分かる。あんなに告白するぞ、告白するぞ、午前8時に階段踊り場で告白するぞ、と息巻いていた夜が嘘のように。面倒だし、まあいいか。
 そして、1日が始まる。

 しばらくは、夜興奮、寝て、朝振り出し、の繰り返しが続いた。多重人格とか、我ながら病気かと思うぐらいの変わりようだった。厚生省には恋わずらいを疾患の一種として認定してもらいたかった。
 あと、夜気持ちが高ぶってるなら、夜のうちにその子に電話して伝えることができたかもしれない。もっとも現在のメールほど手軽ではなく、結局躊躇した。メールだったら多分直感的に何回か告白して、そのたび落ち込んでるだろうなあ。

 結果、高校生のうちはどの女の子にも気持ちを伝えることもなく終わった。当然ながら気持ちを伝えられることもなかった。がっくり。



 あれから20年が経ち、寝る時に考えて幸せになるのは「近々食べたいもの」である。
 ああカツ丼もたまにはいいなあ、なんて。
 今じゃあ色気より食い気なのかね、とちょっと寂しくなりながら、この頃もやはり、夢の中に落ちていくのである。
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by lidth-s-jay | 2012-10-06 08:39 | 男子・女子

 学校の図書室(以下、図書館)にもいろいろ思い出があるが、そのうち借りた本の話をしたいと思う。


 高校に入ってまだ数ヶ月経過した位でも、結構図書館は利用していた。小学校の図書館と広さは変わらなかったが、棚の構成としては、絵本を含めた文学よりも、より実学的な本の比重が大きかった。専門書ではなく、中公新書とかブルーバックス、岩波ブックレットなど、わりと入りやすい教養モノが目立っていた。

 その中に、平凡社か新潮社のカラー図説モノで、フランス革命についての本があった。
 まだ授業で世界史は受けておらず、せいぜい現代社会で人権の歴史をやっていた頃かもしれないが、どうしてこの本を手に取ったのかは覚えていない。しかし、偶然ながらその中身の過激な内容に驚いた。
 そこには、革命前の王族貴族の連中が放蕩に明け暮れる絵画が掲載されていた。日本の春画みたいなグロテスクなものではなく、下手に品があって、しかし「これ絶対入ってるよね!!」という絵が並んでいた。もっともその辺は最初の章に数ページ載っていただけだが、一応芸術品だし変に黒塗りもできないしで、アレとかソレとかが堂々と出ていた。モロだし。
 一方高校生になったのに、相変わらず手持ちのエロ本はわずかで(みんな中途半端)刺激を求めていた僕には、このフランス革命の本がまさかの「オカズ度」の高い本だった。
 しかも、裏表紙に挟まれている「図書貸出カード」を見ると、貸出履歴の中に、同じクラスの女子の名前があるではないか。「これは・・・あの子もこの絵をみたのかなハァハァ」・・・まあ正直言って同じクラスとはいえ良く知らない子だったのでその辺が残念だったが、プラスアルファ効果は間違いなかった。
 
 ところが、これだけ盛り上げておいて何だが、その後僕がそのフランス革命の本を借りた覚えが、ないのだ。借りたかもしれないし、そうでもないような気がするし。躊躇したのは「俺様がこれを借りると、次に見たやつが『うわっこいつ借りてるよ!!』って思われたらどうしよう」という気持ちがあったのは、事実。
 今さら何を言うか、と思われるだろうが、今思い出した、この本はもともと僕が見つけたのではなく、他の男連中が「これ見てみろよ、すっげえヤラシイ絵がある」と教えてくれたのだ。
 そうなのだ、結局みんな発想が同じだから、そこから一抜けして借りてに持ち帰ることは、そんな簡単なことではなかったのだ。全く説明になっていないのかもしかして。
 

 その後3年間、僕は引き続き図書館でエロ探しを・・・するわけもなく、普通に本を探し、棚から本を抜き、借りていった。
 あの情熱は、今も消えたわけじゃないとはいっても、借りるか否かなどと苦悩する時代は、きっと来ないだろう。こんな些細なことでも、ちょっと衰えを感じずにはいられないのだ。
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by lidth-s-jay | 2011-07-02 23:25 | 男子・女子

 3年ぶりに高校の卒業アルバムを開いた。
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 1992年卒業だから、このログを書いている時点では既に16年の年月が経過している。16つったら俺ら卒業した時に生まれた連中がモロ高校生してるわけだ。そう考えるとこうやってアルバム見て当時を思い出すのも隔世の感がある。あの辺にオッサンオバハン言われても、言い返せないんだなあ。


 さて、アルバムである。教職員の教科別写真に続いて、高校時代のイベント(文化祭、体育祭、修学旅行)、各クラスごとの見開き特集、そして全員の名前付き写真。小学校や中学校のと比べて写真の印刷具合がいい。画像加工してあるんじゃないかな、というぐらい見栄えよく映っている(人が多い。リアルに再現されてるのもままにいる)。

 卒業アルバムを見るときは、勿論当時を懐かしむためでもある。ユーミンの「卒業写真」的世界だ。悲しいことが無くても表紙を開きたくなる。そんな時があってもいいじゃないか。
 しかし、これは特に男連中の暗黙の了解というか、我々は常に清い心を持って写真の向こうのみんなに会うわけではない。卒業アルバムも、時にエロ本と同じになるのだ。
 
 だいたい考えてほしい、高校の3年間、身近に女子がいて、そんでブラ透けとかパンチラとかに遭遇しないわけがない(男子校出身の諸君、スマン)。デジカメとか持ってないくせに、記憶媒体は僕らの脳内にあって意外に精巧に動いている。家に帰って勉強もせずに今日のエッチなハイライトを浮かべてズボンを下ろす。今日と書いたが、記憶媒体なのだから先週だろうが先月だろうが2年前だろうがすぐに引き出しを開けて準備ができる。そんなもんなんだ男子というのは。

 そんな思い出がギュギュギュウッッッッピュッと詰まったアルバム。なんと胸ポチが見えたあの子の写真が手元に!という売り文句をつけたいものだ。女の子もマヌケなやつはしょっちゅうスカートが無防備になるから、同じクラスだった男子のシンクロ率は高い。案外アルバム開いて同じ子にお世話になるものだろう。違うかな。

 漫画家の喜国雅彦が自著の4コマで「俺、アルバムの写真見ながら毎日1人ずつオカズに使って全員斬りするんだ」というネタを披露していたが、オオゲサとはいえチャレンジャーは必ずいると確信している。ちなみに本作では途中ブスでつまづいて挫折していた。どうしても抜けないとか。閑話休題。

 個人写真のみならず、イベントフォトでもなかなかの具材があったりする。体育祭とか。今のようなハーパンではなかった時代だけに、ケツも転がっているものだ。アルバム製作の写真屋はそんとき一杯ネタ撮ったんだろうな畜生と思わざるを得ない・・・が、我々のアルバムの体育祭は正直今ひとつだった。一つ上の先輩のアルバムなんか、ケツ大集合だったのに。自粛がかかったんだろうか・・・。


 そんなわけで、懐かしむというより、「卒業アルバムもらったら即使用」という、煩悩のかたまりには絶好の餌場となってしまうのだ、アルバムなんて。さすがに高校を出て大学だの社会に移れば童貞も捨てられて、記憶装置も役に立たなくなって、アルバムを穿った目で見なくなるようになるかもしれないが。俺も大人の男になったな ふ。と思っちゃうかもしれないが、ハタチ過ぎても女とよろしくやっててもオナニーやめるわけではないのだから、大して変わらない。
 「あの頃の生き方を あなたは忘れないで」ってユーミンも歌ってる。男はあの頃を忘れないが、女子は早々に蝶となり羽ばたき、青春の一ページに閉じ込めて忘れてしまうであろう。しかし、三十路を越えればみんな固太りして劣化の激しい連中になるのだから、今こそ純粋にアルバムを懐かしみたいものだ。すげえ強引。


 次回はもうちょっと叙情的な内容でアルバムに迫りたい。続く。
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by lidth-s-jay | 2008-05-18 02:02 | 男子・女子

 突然だが、瑠璃カケスの実家にはピアノがあった。
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 姉がピアノをやりはじめたからだと思うのだが、記憶ではヤマハのアップライトで60万円ぐらいしたはずである。そんな買い物なんでまた、と思う。
 女子のいる家庭とはそういうものなんだろうか・・・と思わせるほど、同級生の子達も、ピアノ教室に通う割合は多かった。
 やっぱり感覚とか好き嫌い、根気などに差が出てくるのか、ピアノを習ってる子も「クラスの合同演奏時には自他薦で選ばれる達人」「文集に書くネタとして(ピアノの先生になる)」「隠し通す」など様々だった。
 大体は小学校で脱落するが、そこそこ腕のついた子は中学まで、よく分からないが高校(音楽科ではない)に入っても続ける子も稀にいた。「うそだろお前ネタじゃないのか」という意外な人物が猛烈に上手かったりした。単に金持ちなんだろうなそこまでやらせるからには。

 常に姉がやっていたことを真似たがる私も、幼稚園の時ピアノをはじめた。しかし、「練習が死ぬほど嫌だった」「同級生に『おまえ女みたいなことしてるな』とからかわれた」という理由で、1年半程度でやめた。
 練習は確かに嫌だったが、同じオスの言うことなんかに耳を貸さなければよかったと後悔している。その後部活が音楽系で、「ピアノ以外は」女にも負けない自信があったが、やっぱりピアノができなかったことを悔やんだ。やってたら少しはモテていただろう。さあここからが本題だ。

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 田舎だからだろうか、ピアノを続けてやっている男子は小学校の同級生で殆ど聞いたことが無い。後に吹奏楽部で一緒になるやつが少しやっていた(親がどちらも音楽教師)が、まともな演奏というレベルには至っていなかった。
 高校に入ると、男子でもスラリとピアノを奏でられるのがいた。ああいかにも弾けそうだなという容姿の持ち主もいれば「なにこのオッサン」みたいなのまでいた。見た目はともかく、羨ましいと思った。
 
 そういうわけで小中では腕のある奴と出会うことはなかったが、小学校の時と違い、中学生になると「ピアノ弾けたらちょっとカッコイイかも」と思ってしまう男子がにわかに増えてきた。カッコイイのである。中2病の症状例として著しい、なんちゃってピアノである。
 当然、練習してもいない奴らばかりなので、チューリップを人差し指で奏でるのが精一杯なのだが、家にピアノがあるからか、教室通い歴があるのか、わずかながら両手を使える子もいた。
 両手を使う、といっても、左手で拍を奏でるような高度な弾き方は一切しない。ホンの少しのコード(CとかG7とかギターでよくあるアレ)を理解していればよい。弾けない奴から見たら「おまえすげいよ」とびっくりされ褒められる。上手くいけば(特にピアノが弾けない)女子の目をひくことができる。断っておくが弾ける奴らから見たら嘲笑されること間違い無しなので人選には注意が必要だ。

 ピアノが弾けるようにみせかける曲として、こんなのがあった。
ボン・ジョビ「夜明けのランナウェイ」
TMネットワーク「Get Wild」「SELF CONTROL」
ファミコン・ゲームの音楽
(「ツインビー」「グラディウス」「スペースハリアー」など)
坂本龍一「Merry Christmas Mr.Lawrence」
エリック・サティ「ジムノペティ第一番」

 多少難度に差はあるが、ホンの少し練習すれば(あと、残響音のペダルを踏むという小技?もつければ)もう半人前のピアニストである。あいつはピアノが弾けるんだぜと噂が立つであろう。弾ける奴に何か言われないよう、くれぐれも注意だ。

 あと、上記の曲名からお分かりだろうか、かなり古い。80年代の曲ばかりであるが(サティはクラシック)、今だとどんな曲があるだろうか。福山雅治の「Squall」(99年)、森山直太朗「さくら」(03年)などはチャレンジのしがいがありそうだ。
 それから、ピアノの奏法は先述のとおり、コードが分かっていれば両手が動かなくてもナンチャッテで弾ける。ジャズなんかはいい例だ(あくまでも極論であるが)。また、先日もいいともでタモリがなんちゃってピアノを演奏していた(→YouTube動画参照)。


 猛烈に長くなってしまった。やっぱり普通に練習して弾けるようになるのが一番だと思います。
ここまでやる必要はないと思うが。
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by lidth-s-jay | 2007-03-30 17:10 | 男子・女子

簡易お手紙の作り方

 授業中、教科書に隠してせかせかと手紙を書いてた方もいらっしゃると思う。その授業でまわすなら小さく折っただけのモノでいいだろうが、放課で渡したり、濃い内容(告白、ケンカの謝罪など)を書かれている場合もあるだろう。そういう時、本来なら便箋と封筒を使ったほうがいいのだが、そこまでしなくても、簡単に、またそれなりに見栄えよく「お手紙」を作ることができる。
 ここでは、瑠璃カケスが中学の頃、女子に教えてもらった「お手紙の作り方」を紹介したい。おそらく、ご存知の方は多いと思う。

(1)
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このようにノートを切った紙でも十分であるが、カットはキレイにしておくといい。
定規を使うとうまく切れる。ノートだと罫線も入ってるからオススメだ。


(2)
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紙の対角線上の端が中央で合うように折り曲げる。


(3)
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下部分を(2)で折った部分の底に合わせるように折る。


(4)
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(3)と同様、上部分も折る。


(5)
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写真の通りに折って端を互いの折り目下のすき間に差し込む。


(6)
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こんな感じで、両方とも端を差し込むと、完成。


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「それなり感」がすると思うのだが、どうだろうか。


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名前も書けるので、封筒+便箋の両方の役目を果たしている。

 中学の頃は、とにかく女子がこういう風に折りまくって手紙を回していた。あとは神社のおみくじ方式ぐらいか。
 最初のうちはどうやって作ってるのか分からなくて、作り方を教えてもらったが、誰彼に渡した記憶は殆ど無い。無いと言い切っていいんだろうけど見栄を張って「殆ど」としてみた。バカである。
 
 ちなみに今回サインで「RURIKAKESU!」と書いたのだが、こういうフォントで書く子も多かった。チェッカーズの下敷き裏によく見かけた。

 ともあれ、このメール時代、たまにはお便りを。こんな形で。キラペンの使用をおすすめします。


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スリッパたちにも受けまくり。
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by lidth-s-jay | 2006-10-28 11:18 | 男子・女子

 (前回からの続きです)

本文へ→→→→→→
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by lidth-s-jay | 2006-04-28 20:34 | 男子・女子

(前回からの続きです)

本文へ→→→→→→
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by lidth-s-jay | 2006-04-27 19:51 | 男子・女子

 そしてすべてが妄想という。最初に結論。

 *

 中学1年生の初夏、実力テストが実施された。それまで我こそ神童と勘違いしていた私もランク付けされることになり、その結果フツーな成績であったことに少なからず落胆しつつ「誰だよオレ様よりも上の連中約十数人は」と憤っていた。学業とか関係なく途方も無いバカである。
 その独りよがりな憤りの末判明したのは、今回のテスト1位がA組の女子だということ、だった。450点越えという圧倒的実力も聞こえてくる。誰だその女は。アンディだった。
 
 アンディは中学校から一緒になった。
 隣町では有数(というか1,2を競う)の地場産業会社のお嬢さん、であった。やや大柄だったが可愛かった。勉学は上記の結果が示すとおり。運動は苦手だったが音楽・美術・書道の芸術分野では非凡さを発揮。
 入学当初は知らなかったのだが、同じ部活だった。何だよブラスかよ早く気づけ自分。

 自分の出の小学校でも何かに秀でる女子はいたと思うが、特にテストで大差をつけられたことで完全なる敗北と「才女っていい・・・」という変な憧れ、しまいにはその可愛さもあって熱を上げるようになる。熱を上げたところで告白とかそういう気持ちは中学1年では生まれない。
 でも毎日がアンディだった。当時は。

 しかし、さらに情報を聞いたり、やがて部活で知り合ううち、実はアンディは「人間的にはいかがなものかと」と言わざるを得ない、癖のある人物であることを思い知る。
 お嬢様+お勉強ができる+可愛いのでそれなりにチヤホヤされる、という延長線なのか、とにかくキツい性格だった。当然中学の先生なんて屁とも思わず堂々と反論する。我々同級生しかもバカにも容赦ない。一方で「(一部の人気ありそうな)男子にはすぐ寄っていく」という話(同じ小学校出身の女子から)も聞いた。いわゆるツンデレである。

 部活が一緒だからといってあまり話すことがなかった私とアンディ。私だけ意識していた情けない1年が過ぎた、次の春。
 今度はクラスが一緒になる。しかもグループまで。どうなる一体!?
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by lidth-s-jay | 2006-04-16 04:01 | 男子・女子

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ネタはともかく、よくできてるわ・・・。
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by lidth-s-jay | 2006-01-27 16:19 | 男子・女子

 先日、猿の司会者が仕切る番組に小池栄子が出ていた。いまさら小池栄子でときめくものもないけれど、改めてあの胸のでかさに驚いた。また別の先日、世界ウルルン~を見てたらスペイン人のおばさん(というよりババア)の馬鹿でかい胸に別の意味で驚いた。
 平面なテレビで飛び出るようなものを持っているわけだから、直視するようなことがあったらえらいことになりそうだ。しかし、現実にはそういう人はなかなか見かけない。いそうだと思うと、大抵スリーサイズが近似値だったりするような体系の御仁だったりする。まあソレも個人的にはありなんだが。

 さて、そんな胸バブルな大人ではなく、高度成長期にある高校生時代の方に話を変える。
 今だと、高校生なんて子供だろ、ということで眼中にない(と思ってる)のだが、当時は同級生であり先輩であり、そして女の子は大人びていた。そして男は中学2年生ぐらいで精神的成長がストップする。現に私はある意味万年中学男である。
 


 それまで田舎一代ジャージ暮らしの中学から、フツーの制服に変わった高校生活。男子は詰襟で、女子は微妙にデザインの変わったセーラー服。という設定である。
 夏服だと特に女子の胸の強弱がはっきりと分かるようになった(最終的には水泳の時間でさらに明確に分かるのだが)。当然噂になる。「あいつでかいよな」という他愛もない話から、「おい、○組のXXってやつ、すっげーでかいぞ」という情報から押しかけて行くまで、男はあたかも下半身を地雷探知機のごとくフル稼働して、胸を追い求めていた。
 ただ所詮は視覚。それはそれで「すげえ・・・」と喜ぶものの、あとは想像(点から線、線から面、面から・・・と)の世界に任せるしかない。勿論当時はそれで十分いけたのだが。中学生(一部)のようにチカン突撃する勇者も皆無。もちろん私も。当然。

 ところが、である。
 時折、学校の集会などで全校生徒が慌しく動く時があり、大して広くない校舎内の通路(廊下や階段)が生徒でごった返すことがしばしばである。
 そういう時、女子とすれ違う際、不作為ながら(ホントに)どうしても接触することがある。
 主に肘(ひじ)。下手すると(上手くいくと、と書くとヤバいな)手の甲で。
 
 モニュ

 今まで点や線程度だったものが、一気に3D立体グラフィックとなる。
 堅い蕾は一気に日輪の向日葵を描く。

 言葉はただひとつ「やわらけぇ・・・」

 以降、脳内ハードディスクに完全保管。そのデータ、今でも瞬時に検索可能である。恐るべきくだらないメモリー能力。

 記憶の中で凄かった体験としては、私の手が机にあったとき、とある女子が上半身をのっけてきて、キャーキャー話しながら動きまくっていた。わりと大きかったのでもうダイレクトにボヨンボヨン。
 その時の自分の顔、どうだったんだろうか。少なくとも下半身はえらいことになっていたはずである。女を知らない、ピュアなボクだったからそんな小さなシアワセに謳歌できた(ただ、ボヨンボヨンは今でもされるときっと即死すると思う。そういう環境にはないけれど)。

 そもそもブラ線1本で火がつくような男子である。お安いものだ。



 オチに困るようなネタだし、これは公序良俗に反しないかと思ったのだが、これぞ当時を語るに避けるわけにはいかない、真剣10代男子の本懐である。しゃべり場で議論してほしいぐらいである。NHKで。
 というわけで、下世話なネタ、大変失礼しました。多分他にもあると思うけど(笑)
 
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by lidth-s-jay | 2006-01-14 23:38 | 男子・女子