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ネタはともかく、よくできてるわ・・・。
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by lidth-s-jay | 2006-01-27 16:19 | 男子・女子

ともだちづきあい

 私が大学を卒業してから、ちょうど10年が経とうとしている。その間、仕事を変え住む場所を変え、その場の人間関係が厚くなることなく暮らしてきた。
 そんな私は、中学高校、そして大学の頃の友人知り合いには全くといっていいほど会っていない。結婚したあと大学時代の友人と数回会ったが、最後に会ったのは3年前の秋だったと記憶している。しかも同級生ではなく先輩や後輩などだった(結婚式にて)。
 
 交友という志向があまりない、人間としての特性に欠けている、と私自身も思っている。結婚した、という要素があるものの、なんだか人に会うのも億劫で、よほど気が向かない限りは「ひとりで過ごしたい」と思っている。
 あと飲み会は好きだが2次会は苦手、と言えば少しはニュアンスも伝わるだろうか。
 要は、「友と旧交を温める必要はない」「休みや夜の時間を潰すぐらいなら寝る」というところだろうか。

 もともと私は友達が少なかった。
 強がりでもなく欲しいわけじゃなかった。小学校低学年の時はクラスのみんなが外で鬼ごっことかメンコ・ベーゴマをしている時、図書館や教室で伝記物のマンガや物語を読んでいた。もう少し大きくなっても、運動が苦手で、野球やサッカーをやっても下手糞で相手してもらえないことを嫌って、やはり図書館にいることが多かった。
 欲しくない、と書いたが、ひとりぼっちでいることに平気だった、というわけでもなかった。事実、雨の日はみんな図書館か教室にいるのだが、その時は混ざって遊んでいた。もっとも雨の日なんて割合は少ないから、やはり一人でいることを好んだ。

 だいたい、話題が噛み合わなかった。テレビアニメは習い事とかで見せてもらえなかったし、マンガも「金を出して買うものじゃない」と言われて一切読ませてもらえなかった。ファミコンなんてとんでもない話で、こっちは最初から諦めていた。
 一方で私自身、キン肉マンだとかセイント星矢だとか、みんなが好きそうなネタに「何が面白いのかさっぱり分からん」と冷めた目で見ていたのもある。マンガを読ませてもらえなかったからか、もともと興味を持たなかったからなのか。根元には「馬鹿で低俗なネタには乗らない」という擦れた心があった。

 
 中学・高校の頃は自分が逆に普通に戻ったのか、あまり単独行動はしなくなった。友達と遊ぶことに楽しみを覚えていた。
 しかし大学に入り、バイトなどで手持ちの金ができるようになると、飲み会やカラオケ・ボーリングなどという遊びに誘われることが多くなった。
 先述のとおり、酒はともかく、時間が長引くのは嫌いで、また帰りの交通手段も限られていたことから、2次会とか夜通しの遊びには消極的だった。仕方なくついて行っても、やる気なくウーロン茶とポテトチップスを食べて時間が過ぎるのを待っていた。

 また、大学入学以降は、小・中学時代の友達とは全く交友がなくなっていた。
 もともとこの頃(小中)の友達は少ないし、会っても話が噛み合わないだろう、と考えていた。加えて言うなら、地域の閉鎖性だろうか。田舎の悪い面が凝縮されたような風土だったので、あまり居心地がよくなかったこの場所での友達は「不要」だと思っていた。結果今誰がどうしているのか、同窓会にも一度も出ていないので分からない。

 結婚の披露宴の席次を作る際、親と揉めた。
 内容は「父親の(中学高校時代の)友人を呼ぶ、呼ばない(以下同じ)」「近所の人を」「私の中高の友人を」。馬鹿馬鹿しさに閉口した。揉めた、と言うより情けないと思った。
 近所の人とか私の友人とかは大きな問題ではなかったが、親の友人って・・・しかも真剣だったから怖い。もし呼んでいたら間違いなく私は自分の披露宴を恥じることになっていただろう(事実、近所の人を呼んだことで、大学の友人から「おまえん所(の田舎)、ものすごいアレだな」といわれた。尤もではある)。
 息子の披露宴に招待しようとするほど、そんなに旧友って有難いものなのかと、寒気すら覚えた。

 2003年の夏から奄美に移り、物理的に同級生達と会うこともできなくなったが、インターネットという道具のおかげで、基本的にメールで事足りていた。 電話も引いていたがこちらは直近の知人友人以外には教えなかった。昨年から内地に戻ったことも、殆どの人には言っていないし、言いようがない。
 よく「中学・高校時代の友達に会う」とか「同窓会に出る」という話を聞くが、アレって本当に会いたくて行ってるのだろうか(特に同窓会)。昔話はそれなりに面白いだろうけれど、私のような人間は、その昔話すら苦々しいものが多い。その代わりこっちに綴っているのだが・・・。
 
 「むしろ常に今ある関係、人とのつながりを大事にしたい」、というのが、自分の中にある。
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by lidth-s-jay | 2006-01-22 03:36 | コドモのココロ

 先日、猿の司会者が仕切る番組に小池栄子が出ていた。いまさら小池栄子でときめくものもないけれど、改めてあの胸のでかさに驚いた。また別の先日、世界ウルルン~を見てたらスペイン人のおばさん(というよりババア)の馬鹿でかい胸に別の意味で驚いた。
 平面なテレビで飛び出るようなものを持っているわけだから、直視するようなことがあったらえらいことになりそうだ。しかし、現実にはそういう人はなかなか見かけない。いそうだと思うと、大抵スリーサイズが近似値だったりするような体系の御仁だったりする。まあソレも個人的にはありなんだが。

 さて、そんな胸バブルな大人ではなく、高度成長期にある高校生時代の方に話を変える。
 今だと、高校生なんて子供だろ、ということで眼中にない(と思ってる)のだが、当時は同級生であり先輩であり、そして女の子は大人びていた。そして男は中学2年生ぐらいで精神的成長がストップする。現に私はある意味万年中学男である。
 


 それまで田舎一代ジャージ暮らしの中学から、フツーの制服に変わった高校生活。男子は詰襟で、女子は微妙にデザインの変わったセーラー服。という設定である。
 夏服だと特に女子の胸の強弱がはっきりと分かるようになった(最終的には水泳の時間でさらに明確に分かるのだが)。当然噂になる。「あいつでかいよな」という他愛もない話から、「おい、○組のXXってやつ、すっげーでかいぞ」という情報から押しかけて行くまで、男はあたかも下半身を地雷探知機のごとくフル稼働して、胸を追い求めていた。
 ただ所詮は視覚。それはそれで「すげえ・・・」と喜ぶものの、あとは想像(点から線、線から面、面から・・・と)の世界に任せるしかない。勿論当時はそれで十分いけたのだが。中学生(一部)のようにチカン突撃する勇者も皆無。もちろん私も。当然。

 ところが、である。
 時折、学校の集会などで全校生徒が慌しく動く時があり、大して広くない校舎内の通路(廊下や階段)が生徒でごった返すことがしばしばである。
 そういう時、女子とすれ違う際、不作為ながら(ホントに)どうしても接触することがある。
 主に肘(ひじ)。下手すると(上手くいくと、と書くとヤバいな)手の甲で。
 
 モニュ

 今まで点や線程度だったものが、一気に3D立体グラフィックとなる。
 堅い蕾は一気に日輪の向日葵を描く。

 言葉はただひとつ「やわらけぇ・・・」

 以降、脳内ハードディスクに完全保管。そのデータ、今でも瞬時に検索可能である。恐るべきくだらないメモリー能力。

 記憶の中で凄かった体験としては、私の手が机にあったとき、とある女子が上半身をのっけてきて、キャーキャー話しながら動きまくっていた。わりと大きかったのでもうダイレクトにボヨンボヨン。
 その時の自分の顔、どうだったんだろうか。少なくとも下半身はえらいことになっていたはずである。女を知らない、ピュアなボクだったからそんな小さなシアワセに謳歌できた(ただ、ボヨンボヨンは今でもされるときっと即死すると思う。そういう環境にはないけれど)。

 そもそもブラ線1本で火がつくような男子である。お安いものだ。



 オチに困るようなネタだし、これは公序良俗に反しないかと思ったのだが、これぞ当時を語るに避けるわけにはいかない、真剣10代男子の本懐である。しゃべり場で議論してほしいぐらいである。NHKで。
 というわけで、下世話なネタ、大変失礼しました。多分他にもあると思うけど(笑)
 
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by lidth-s-jay | 2006-01-14 23:38 | 男子・女子