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 1993年の一連の「再生」は、商標上の問題でYMOの上に大きな×がつけられた「not YMO」というプロジェクトだったが、どうやらメンバー自体も惰性と言うか、やる気がなかったように感じられた。坂本龍一の後の著作「音楽は自由にする」にも、当時、坂本と細野・高橋の二人の間で方向のズレがあったことを語っていた。
 実際、再生YMOの活動はアルバムとこのライブだけで終わった。ライブを聴きに行った僕も、すぐに熱は冷めた。「昔を懐かしむことは虚しいことだよなあ」と思い知らされた。

 しかし、それから10数年以上経過した2007年(平成19年)、それまで「ヒューマンオーディオスポンジ(HAS)」という別名ユニットで散発的に行動していた3人が、横浜でいわば「本格的な」ライブを行った。その時には「以心電信」「ONGAKU」「RYDEEN」など、以前は取り上げなかった曲も演奏された。新曲として映画「エクスマキナ」で使われた「RESCUE」も演奏された。
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 またも個人的な感覚ながら、以前私が観にいったドームのライブよりも、このパシフィコ横浜で催されたHASのほうが断然魅力的にみえた。これだったら、観にいきたかったなあ・・・と、羨望と少し悔しい気持ちで、テレビでのライブ番組を楽しんだ。

 YMOのあと、私がライブとかコンサートに足を運んだのは2回だけ。
 「ライブに期待してはいけない」という教訓のもと、それでも行ったコーネリアスのライブには雰囲気についていけず、一方、矢野顕子のコンサートはCDと同じ音がして安堵した。
 次にライブに行くことは、ちょっと考えられないけれど、できれば思い出に残る演奏を楽しめないものか、とちょっと寂しげに、それでもやはり思い出すのである。(おわり)
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by lidth-s-jay | 2013-05-28 20:30 | 音楽・芸能

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 1993年6月10日、土曜日。
 池袋駅周辺のビジネスホテルに到着後、水道橋駅に降りたのが、確か4時ぐらいだったと思う。梅雨のさなかだったがこの日は晴れていた。
 東京ドームが近づいてくると、ダフ屋があちこちにいて「チケットを売る」「買う」と呼びかけていた。このライブは全席指定で6,500円だった(と思う)。チケット相場がいくらだったのか今となっては知る由もない。
 ドームの外でもグッズを売る人たちがいた。私もそこでキーホルダーとか手ぬぐいとかを購入した。妙に安かった。よくみたら公式のロゴマークより斜体になっていた(YMO、というように)。ドーム内部のグッズショップで購入したものと比べて、「(外のショップモノは)偽物だったのか」と気づかされた。買った偽物は・・・後日適当にお土産として誰彼に渡した。有り難がられたので少し心が痛んだ。

 アリーナの後方右側席について見廻すと、意外に女性客が多かった。というか、私もそうだが全盛期にYMOを聴いていたとは思えない世代の人が目立った。名前は忘れたが大相撲の幕内力士がいた。

 やがて前座(The Orb)の演奏がはじまった。今回のYMOのアルバムと同じくアンビエントな曲が続いた。最初は盛り上がったけど、長くてだるくなった。
 前座が終わったあとも長い休憩があった。
 そういえば曲目はパンフレットに発表されていたが、予想通りと言うか期待はずれと言おうか、殆どがアルバム「テクノドン」の曲であった。これは・・・もっとだるいぞ、そう思いつつも「それでも途中でいろんな曲が挟まれるかも」などと期待を捨てていなかった。

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 結局期待だけで、昔の曲は「BEHIND THE MASK」「中国女」「CASTALIA」、あとアンコールの「東風」「FIRECRACKER」ぐらいだった。あと「RYDEEN」がさわりの部分だけ演奏された。
 当たり前と言えばそれまでだが、とにかく「テクノドン」の曲には退屈なものが多くて(個人的にまともに聞けたのは「BE A SUPERMAN」と「HI-TECH HIPPIES」だけ)、特に後半の「WATERFORD」など、殆どの観客がポカーンとしていた。最初は立っていた客も、だんだん座ってポカーン。昔の曲とそれ以外の時の客の温度差は、すごかった。
 ライブが終わり、三鷹方面行きの電車に乗ると、同じく水道橋から乗ってきたライブ客も多くいた。昔のYMOシャツを着たオタクっぽい人が熱弁していたが、彼にとってこのライブは満足できたものだったのだろうか。(続く)
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by lidth-s-jay | 2013-05-28 20:10 | 音楽・芸能

 今年が2013年(平成25年)なので、1993年(平成5年)は、既に20年が経過している・・・と改めて書いても、ピンとこない。
 何も資料等を見ずに答えられる1993年の出来事と言ったら「自民党が下野し連立政権が誕生した」ぐらいである。あとは・・・北海道で大きな地震(津波?)があったとか。今思い出したがJリーグもこの年だ。ジュリアナブームは違うか?この辺は後で確認することにしよう。

 もう一つ、確かな1993年の出来事があったのを覚えている。というか体験した。
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 坂本龍一・高橋幸宏・細野晴臣が1978年から1983年まで一緒になって活動していた「イエローマジックオーケストラ(YMO)」が再結成(再生、と呼んでいた)、アルバムの発表とライブを敢行した。
 東京ドームで2日間行われたライブ、その初日に私も行ったのだ。1993年の6月のことである。

 大学の先輩がライブチケットの優先購入ハガキを譲ってくれた。投函したとしても抽選だったかもしれないが、結果チケットを購入することができた。私にとって、これが人生初のライブ体験となった。初ライブが東京ドームとは、我ながら敷居を高くしたものである。地元(名古屋など)でもいろいろ興味のあるライブ等あっただろうに。
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 ライブ前に発表となったアルバム「テクノドン」も買った。聴いた。「??」だった。
 YMOと言えばテクノ、あのピコピコとしたコンピューターミュージックである。確かに「テクノドン」もテクノといえばテクノだしピコピコしてるようにも聴こえるが、テクノというよりはハウスミュージックにアンビエントを混ぜたような・・・詳しいところはともかく「あんまり興味のない」音楽で占められていた。不安になった。あーライブでもこんな退屈な音楽ばかりやるのかなあ、と。
 一方でせっかく再結成したことだし、待ち望んでいたファンに応えて「往年の名曲」もいくつか披露されるはずだ・・・という期待も、勿論持っていた。
 
 いろいろな思いを混ぜこぜに、新幹線で東京へと向かった。(続く)
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by lidth-s-jay | 2013-05-28 20:00 | 音楽・芸能