学び舎の音楽のとびら(1)勧誘の輪を抜けて

 今から17年前の1992年(平成4年)の4月、私、瑠璃カケスは大学生となった。
 大学時代なんてごく最近のことだった、などと思っているうちに、とんでもなく遠い過去になってしまっていた。なんせバブルの頃だ。あの頃はインターネットもケータイもなく(ポケベルも入学当初は誰も持っていなかった)、緑色の公衆電話でテレホンカード使って電話するのが当たり前という時代だった。今回は電話とかテレホンカードの話はしない。前やったような気もするし。
 
 ところで、大学の春、といえば、やりすぎじゃないかとも思う「サークルの勧誘」である。
 唐突ではあるが、今回はサークルのことを書こうと思う。

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 中学で吹奏楽部、高校で合唱部(このブログではウタゴエ部と呼んでいた)として、わりと音楽に親しんできた瑠璃カケスであるが、大学に入ってもサークル等でその音楽を続けるかどうか、やや迷いはあった。ゴルフ部なんかも考えていた。あれはなんだったんだろう。
 一方で、いくつかのサークルで勧誘を受けた。「飯をおごるから話を聞いてほしい」という人が結構いて、実際タダ飯を食った(学生食堂のランチである。最初から不味かった)。その後勧誘の電話もいくつかあったが、ヨット部とか絶対入らないところからだった。何で名前書いたんだろ。
 どちらにしろ、サークルを通してでもいいから、友達を作りたかった。もう孤独で孤独で、キャンパスの通路がサークル勧誘のみならず春の賑わいが際立つほど、居場所の無さを憂えた。迷ってる余裕はなかった。
 実は、入学式直後に勧誘を受けたのは男声合唱のサークルだった。最初は、「あ、まあいいか男だけのウタゴエでも」と思い、いろいろ考えたうえで、とりあえず練習を見学した・・・が、正直とても地味で(練習場所の教室も暗かった)、先輩とかもヤバそうで、これを4年間続けるのは・・・できれば止めとこう、そう思った。
 
 吹奏楽で管楽器、合唱で声楽、と来ていたので、本命は弦楽器、つまりオーケストラだった。管弦楽団。高校まではまず御目にかかれない、ある意味大学という広い世界の象徴のように、オケのことを考えていた僕は、自分の音楽的ステップアップも考えて、勧誘を受けていないオケの部室のドアを叩いた。入学から10日程度経った頃のことである。(続く)
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by lidth-s-jay | 2009-04-03 21:30 | クラブ活動 | Comments(0)