THE・腐れ縁Extend edition(後半)

 それでは輝かしき「腐れ縁延長版」の3名を紹介したい。




1)トン君(幼・小・中・高・大学も同じ学部、計17年)

 幼稚園から高校まで、という同級生は実際、割といたのだが、それ以上となるともはや1人だけ。トン君はクラスは一緒になることはなかったが、その先まで一緒になるとは予想だにせず(もっともトンは推薦で夏ごろには入学決定、私は一般入試で入学だったのでそういう道を選んだのは私、ではあるが)。
 中学3年ぐらいから成績が伸び始め、高校在学時には私もあっという間に抜かされていた。そのまま同じ学部に入学。推薦という手前、学業をおろそかにするわけにはいかなかったようで、大学でもコンスタントに優れた成績をおさめていった。
 ・・・のはいいのだが、「負けを知らない半生」が彼を増長させたのか、少々困った方向に行ってしまったようだった。詳細は割愛するが驚いたのが「自らファンクラブを創設」。どこかの浜辺でグラサンかけて斜に構えるポーズを写真におさめ、それをテレホンカードにプリントして持ち歩いていた。確か配布用だったと思う。杉山清貴あたりを溺愛していたようだ。それ以上は言わない。とある最高難関の資格を目指して就職せず受験勉強に勤しんでいたようだが、未だ結果は聞こえてこない。10年経ったが実際どうなんだろうか。童貞は捨てたのだろうか。

2)ユッコさん(高校・大学の計7年)

 高校3年のとき同じクラス+大学でやはり同じ学部+3・4年で同じゼミ。最後のは10数人程度の小規模ゼミにあって同じだった、というのが稀少であった。
 高校の時は殆ど会話なし。1回か全くしてないかのどちらか、のはずである。むしろ上記のトン君と仲が良かったように思えた、が、大学入学後「あいつはむかつく」という憤りの数々を披露してくれた。
 というわけで、同じ学部になってから話すようになり、いちおう同じクラスだったので「球技大会のバレーチーム編成で嫌な奴らと揉めてやっぱりむかつく」など、こいつ腹黒だろと思わせる毒舌ぶりをこれまた披露。私に対しても「アンタ、あのウタゴエ部にいたよね新興宗教みたいな」と容赦なかった。たまに二日酔いで学校に通っていた。
 同じゼミだったので行き帰りが一緒になることも多く、よく車に乗せてもらっていたし、バイト先の薬局で話したりしていた。口がものすごく悪いわりには優しかったし面白かった。ゼミの飲み会でベンベロに酔っ払ってたけど。
 私の結婚前の飲み会に会ったのが最後(1998年9月)だが、その時も「アンタは新興宗教に」とか言ってた。よほど印象深いのか。

3)リッチ(高校・大学の計7年)
 
 ユッコさんと違うのは、高校3年全て同じクラス+大学のサークルでの関わりが深かった(同じ、ではない)、など。これだけだと、たまによくある中級腐れ縁、なのだが。あ、あとウタゴエ部だった(笑)
 リッチはとにかく喋らない女子だった。高校の部活も同じとはいえ、これまた関わりが薄すぎ。同じクラス・同じ部活なのに3年間で話したのは、やはりほんの僅かであった。
 桁違いで優秀だったリッチだったが受験には失敗し、結果私と同じ大学に入ってしまった。そしてサークルつながりで話すようになったのだが、とにかくそれまでの「超・無口」だったのが嘘のように、よく喋った。ただし大学デビューには程遠く、謎の人物というキャラクターは最後まで貫かれた。特別聞かなかったが間違いなく男には寄り付かなかったはずである。ありえない。
 ウタゴエ部での消極的さとは真逆なほど、大学では進んでサークル活動に参加していた。まどろっこしいので書くと女ウタゴエ部である。
 就職面接の際あの「か細い声」がちゃんと聞こえたのか不思議だが普通に社会人になったようである。その後、私の就職先でリッチの同級生だったアルバイトさんが「えー!リッチと同じ学校だったんですかーっ」と感嘆していた。過去の詳細を聞くべきだったがそのアルバイトさんの巨乳に目が点で忘れてしまった。

 ・・・というように、やはり直近(特に大学)の同級生の縁というのは覚えているものである。ただ、社会人になり、もともとの付き合いの悪さ(私・・・)もあって、特に結婚してからは殆どの「腐れ縁」の人々とは会っていない。
 また会う時が来るのだろうか。なんとなく想像できない。
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by lidth-s-jay | 2006-08-12 05:23 | 学校全般 | Comments(0)