さしみ・体験物語

 私はどちらかというと「食べ物の好き嫌い」が無いほうだ。ゲテモノでなければ大抵は食べられる。敢えて嫌いなものとして挙げるとすれば「カニ」「生牡蠣」「ラッキョウ」「山芋」というところか。これらはできれば避けて通りたいところである。つーか不味いよおえ。
 大人になって、食べられるものが増えたというのも事実である。やはり子供と大人では舌の具合も違う。あんなに嫌いだった納豆や大根おろしも、いつの間にか好物のひとつになっている。
 さて、私的「子供の頃食べられなかったもの」の代表格として、今回は「刺身」を挙げたい。

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 マグロ・イカなどの刺身。今は「たまに食わないと発作が出て死を意識する」ぐらい好きなのだが、子供の頃は食べられなかった。食べて嫌になったわけではなく、そもそも魚を生で食べるのに強い抵抗があったという、外人みたいな理由である。とどのつまりは典型的な「食わず嫌い」なわけだ。
 寿司もそうだ。たまに出前の寿司がやってきて、その中で私が食べられるのはギョク(たまご)とカッパ(きゅうり)の巻寿司だけ。鉄火巻も駄目。食べられないことを家族に告げるとそれはそれは喜んだものだ。「こんな美味しいものを」と言って私の分を食べていた。つくづく酷い話である。てめえ俺様が食えないのを知っててワザと出前取ったんだろと。 

 ともかく見た目が嫌で食べなかった私なのだが、ある日(小学4年生ごろ?)、一念発起して「刺身を食べよう」と思い立った。思い立ったといっても自分で刺身を買ってきて酒の肴にしたわけではなく、食卓に刺身が出た際、食べようという気になったのだ。
 当時、食卓付近には私のほか、姉と、遊びに来ていた親戚の兄弟がいた(合計4名、全員刺身好き)。
 盛り皿には一人前のマグロの赤身とカジキの刺身があった。じゃあこれ食べるよ、と。
 醤油皿に一切れのせ、おそるおそる口に運ぶ。
 ふーん。あ。なんだ。まあまあ美味しいじゃん。
 そのまま2,3切れと続ける。
 
 ・・・見届けていた姉たちの様子がおかしい。私が食べるたびにクスクス笑うのだ。気にしながらも半分ぐらい「美味いんじゃないの?」と言いながら食べたところで、どうやら我慢できなくなったのか、指差してこう言った。
 
 「それ、ソースだよ」
  
 なんとまあ私は、はじめての刺身を、醤油ではなくソースで食べていたのだ。今でも皿に間違えてソースを入れてしまうことはあるが、そのまま食べてしまいしかも気づかないとは、不覚であった。笑いが止まらない姉達の前で呆然としていた私。今では憎悪しか残らない。なんて。

 その後は刺身もフツーに醤油で食べるようになり、「澱みない美味しさ」を堪能できるようになった。食卓に出されても自分の分はきっちり食べた。
 本当は刺身も寿司も今まで食えなかった分返してくれと言いたかった。姉についてはソースつけた分も返してほしかったが刺身に異常な執着心を抱いていることを知っていたので耐え忍んだ。

 余談だが、子供の頃納豆についても嫌いだった私は、給食で「モナカに入った冷凍納豆」で追い討ちをかけられたことがあった。アイスと思い喜んでかじったら中身が納豆って殺すと恨んだ。刺身ソースとは全く逆の体験だが、よくもまあ好きといえるまでに立ち直ったものだ、と思う。


 食わず嫌いなモノは、なおさら美味しく食べたいものである。
 私は無事、生牡蠣を食えるようになるのだろうか。別に食いたかないけどさ。 
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by lidth-s-jay | 2006-08-30 23:24 | 小学校専用 | Comments(0)