ウタゴエ部で学んだこと・第2章

 昨年冬以来の更新となった「ウタゴエ部~」だが、次にいつ書くことになるかと思うと、とっても怪しいので、今のうちに書き溜めしておくことにする。全部でどれだけになるんだろう。

 序章で触れたのだが、私が入っていたウタゴエ部は過去に実績を残していた。連盟主催全国コンクール大会4連続出場、NHK音楽コンクール東海北陸ブロック9年連続出場(10年か?よく知らん)など。そういう部活に限って何かしら規律が厳しいものだ。
 あくまで聞いた話だが、コンクール上位の常連校となると、会場への移動の際は夏でも全員マスク装着らしい。喉の保護のためなのだが、傍から見た一般の方は色々思うところもあるのではないか。私は嫌だ、そんな集団は。
 私の入っていたウタゴエ部も、そこまではいかなくとも、コンクールに出場する際の制服の身なりには、風紀委員のような厳しいチェックがあった。なぜかそういうことは窮屈には思わなかったけれど。
 もっとも、ハイレベルを望み、頑なな規律の集団というのは、先述のマスク団体に共通するような、異様な匂いを醸し出していた。そりゃそうだ、中庭でママママまーなんて発声練習してたり、帰りはいつも集団でたむろってたり、気がつくと商業ビルの最上階の椅子を占拠していたり。もちろん、表彰される度に持ち上げられることに対する校内同級生の妬み、もあったとは思うけど、いつの間にか私も違和感なくその渦に入っていた。この人が変な目で見るのも想像に難くない。

 そんな思いまでして団結意識が高まっていればよかったのだが、残念なことにウタゴエ部は個性派集団だったものだから、結構みんな身勝手だった。あんまり部活こねえくせに口だけうるさいとか、なんか仕切ってるのが自問自答しはじめたりとか、人の好き嫌いが激しかったりとか。ケンカするぐらい熱ければともかく、変に大人びていたこともあり、消化不良のまま、コンクール本選に臨むことが多かった。
 私が入部してからのコンクール結果は、燦々たるものだった。NHKコンクールも連盟コンクールも「連続出場」の記録が途切れた。まるで私が入ったが為に・・・とでも言わしめるようで、あんまりコンクール意識しねえよなんて吹いてはいても、やっぱり悔しいものはあった。もっと練習していれば、自分の弱点へのアドバイスを傾聴していれば・・・など、当時はあまり考えられなかった。

 ただ、コンクールで楽しかった思い出がひとつある。
 その「敗退した」コンクールの会場、2年のときだから鶴舞の名古屋市公会堂だったのだが、そこはステージ以外の三方を客席が囲んでいた。
 コンクールの演奏が終わり、リラックスした雰囲気の中で、どこからか一般的なコーラス曲を歌い始めた。「あの素晴らしい愛をもう一度」や「怪獣のバラード」など、学校の授業でもやりそうな曲ばかり。
 さきほどまで「競い合っていた」同士が、一緒になって歌った。緊張してできた作り笑顔とは違う、誰が見ても分かる「歌いたくてたまらない表情」。もしかしたらこういう一瞬を味わうことが、私にとっての最上の喜びだったのかもしれない。
 200人、300人の「歌を楽しむ人たち」による、一味違った大合唱。近くで誰かが「全国大会はもっと凄いんだぞ」しらねえよ空気読めよバカ。

 1年前までは「誰が合唱なんかやるか」って思っていたのが嘘のように、少しハメを外して歌う私の姿は、きっとアホみたいだったはずだ。そうさ俺が合唱やってるのさ、って。
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by lidth-s-jay | 2006-10-19 22:34 | クラブ活動 | Comments(0)