ウタゴエ部で学んだこと・最終章

 ウタゴエ部で過ごしたことで、よかったこともいろいろあるのだが、今思うに一番よかった、と思ってるのは「受験勉強期が異常に短く感じた」ことである。
 つまり、3年の10月にコンクールが終わり、ここからまともな受験対策がはじまるのだが、私の場合センター試験と私立しか受けなかったので、本番まで4ヶ月程度で終わることができた。もちろん部活に通っている時も多少は勉強はしたが、あんまりにも適当すぎて勉強してるという感覚は無し、だった。
 もっとも、受験に失敗して浪人すればさらに1年、ということも考えられたが、幸いにして回避することができた。卒業間近の2月のことである。

 推薦で随分前から受験勉強を終わらせている連中と共に、私も再びウタゴエ部に通いはじめた。3月末の定期演奏会。これが本当に最後の舞台である。
 この頃になって、もっと早いうちに入部しておけばよかったと改めて思うようになっていた。
 理由は2つ。
 ひとつは、練習を重ねていればもっとスキルを磨くことができたかもしれない、ということ。
 もうひとつは、同級生の彼らと同じく、終わりの頃の達成感をより強く感じてみたかった、ということ。
 2年間なら2年分の、3年間なら3年分の経験と思い出。後悔ってほどではないけれど、3年続けていたら、なぁ・・・と、卒業近くになっても思い通りに歌えない時には、ぼんやり考えていた。

 定演ステージでは、昨年のコンクール選曲の際競合した2つの曲を演奏することになっていた。どちらも同じ曲集として、1ステージ4,5曲と一緒に歌った。
 コンクールで歌わなかったBのほうは、苦手な古典英語の詩だったこと、必要とされるハイレベルな演奏技術についていけなかったこともあり、曲の魅力であるスピード感はゼロ、もうむちゃくちゃな有様だった。
 Aのほうはというと、ピアノ伴奏で持っているような曲だったので、合唱本体の駄目さをカバーできた。また、Bに比べれば(ぱっと見で)難しくなく、2,3ヶ月の短期間でなんとか「それなり」に仕上がったような気にもなった。勘違いであるが。
 その他に新たに2ステージ。私は確か先述の2つと、「出るだけ・歌わず」の1ステージ、合計3ステージに参加した。

 無伴奏のB曲集を練習していて、またデモテープを聴いていると、「これはやりこんだらものすごく面白いんだろうなあ」って思った。無伴奏なので、最後まで声を出すところが、「歌い上げたぜ!!」みたいな気にもなれるんじゃないか、って。実際のステージでは「・・・ああ、やっと終わってくれた」というヘタレもいいところな結果だったけど。あと、コンクール選曲の際気になってた「高音のキンキンがなり声」も、見事に演じて見せた。まるで悲鳴だった。
 コンクールのほうのA曲集は・・・初夏を思わせるようなピアノの旋律に、ただただ聞き惚れるばかりだった。また、曲集の、コンクールで歌ったA以外の曲が素晴らしかった(・・・)。なんだよ他の曲のほうが絶対いいじゃんよ、って愚痴っていた覚えがある。

 練習期間中にピアノ伴奏が途中で交替するというハプニングもあった。最後までゴタゴタな部活だなあ、と少々憂いを感じた。



 1992年(平成4年)3月29日。市の文化会館での定期演奏会は、あっけなく終わった。
 コンクールの安堵感はなく、むしろ、先述のような「遣り残し」をフワフワと浮かべていた。これで終わっちゃうのかなあって。
 もっと真面目に部活出ていればよかった、
 大人ぶらずに言いたいこと言えばよかった、
 笑って怒って泣けばよかった・・・、
 もし全部叶えていたら相当怪しい人間ではあるが。
 
 それにしても、制服着てステージにあがって、ギリギリまで高校生だったんだなあ、と。
 高校生という立場を、ウタゴエ部は表に裏に支えてくれたんだと思っている。

 
 そんな感慨深さを持ちながらも、コンクール翌日の反省会(慰労会のようなもの)には、出席しなかった。静かな場所でボーっとしたいと思い、町から少し離れた公園で、春の日をゆっくり味わった。
 2日後にはもう、大学生として入学式に臨む。希望なんかよりも、少し寂しい気分で、その日を送った。


 ・・・


 高校を、ウタゴエ部を卒業してからも、暇をみつけては学校へ足を運び、後輩(って言ってもいいのだろうか)と話しながら、余韻に親しんでいた。もちろん、次第にその足も遠のいていった。
 同級生たちの殆どが同じ愛知・岐阜周辺に残っていて、OB会だのコンクール見学だので顔をあわせた。3バカテノールのナポは海外逃亡してしまい、しばらく行方不明。三水偏の身分だったヒロツグとは何度か会ったが、微妙に後ろ髪を伸ばしていて危険だった。女子の人々ともどこかしらで会った。口うるさいのは卒業してからも変わらずだった。
 やがて部活がらみの出会いもあったが、それもあっけなく終わった。大学も卒業して仕事を持つようになってからは、殆どの人に会うことは無くなり、ここ10年近くは誰とも会っていない。

 
 ところで序章+本編5章の計6回にも渡って書いてきた「ウタゴエ部」だが、タイトルの「学んだこと」って、何でつけたんだろう、と。
 学んだ、のかなあ・・・よく分からないけれど、このままにしておこうと思う。
 15年前の記憶、ということで。
 
2007年3月18日追記:
A曲:大岡信・作詩/木下牧子・作曲「混声合唱組曲・方舟」
B曲:三善晃・作編曲「混声合唱のための 黒人霊歌集」
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by lidth-s-jay | 2006-10-23 12:10 | クラブ活動 | Comments(0)