イカ天と平和

 「平成名物テレビ・いかすバンド天国」通称:イカ天である。記憶では1989年スタート。c0004895_911461.jpg
 三宅裕司と相原勇(誰?と思ってた)が司会。TBS系列で深夜時間帯ながら土曜日放映ということもあり、夜更かしのことなど気にせずに観ることができた。いや、平日の深夜番組も観ていたが「堂々と」夜更かしして観られるのは土曜日だけだ。なんと言っても「兄弟2人とも観ていた」これは親も反発できない。ざまーみろ。
 



 ただ、どちらかというとイカ天に出てたバンドで興味のあるグループは、少なくとも当時はいなかった。バラエティとしては面白かったが、むしろカレッジチャートにランクされるようなへんちくりんな音楽が好きだった私は、イカ天は「知識としての歌番組」のようなものだった。
 とはいえ、「たま」や「KUSU KUSU」、「カブキロックス」といった方向性違えども新鮮味あふれるメンバーの登場は面白かった。自分の趣味とは違っても「ああ、いい曲だな」ぐらいの生意気評論をぶってた覚えはある。人間椅子だけはよく分からなかったが、姉は物凄く評価していた。なんで?ちなみにフライングキッズやBEGINが出ていたことは知らなかった。
 あと、同級生に聞いたのだが、放映中のバンドで女性がいきなり下半身を脱ぐというハプニングがあったらしい。生放送なのでモロで全国に流れたということだろう。それは観たかったなあ。ネタに使うかどうかはともかく(当時なら間違いない)。

 さて、大して思い入れがある番組ではないのにたまたま観ていたが為に衝撃を受けたことがあった。
 1989年6月のイカ天放送。相変わらず砂利のようなバンドのオンパレードに薄笑い浮かべながら観ていた時に、臨時ニュースが入ってきた。
 中国で学生を中心とする民主化運動を人民軍が鎮圧したのだ。いわゆる天安門事件である。戦車に火炎瓶で立ち向かう学生たち、武具で打ちのめす軍隊。結果300人超の死者を出したこの事件を、番組内で見守る「学生と同世代のイカ天バンド」たち。
 ニュースが流れた後の三宅裕司のコメントが象徴的だった。
「いやぁ、中国で大変なことになっているのに、
私たちはこんなこと(イカ天)やってていいんですかねぇ」

 会場は笑いに包まれて、そのまま番組は再開された。
 
 イカ天は空前のバンドブームを誘発し、多くのバンドを輩出(濫造という意見もある)したきっかけともなった。一方、大瀧詠一は当時ラジオ番組で「そもそもバンドブームは70年代の方が盛んだった。しかし当時はバンドやギター=悪と言うイメージが影を落としていて、だれも見向きしなかった」と言っていた。
 評価はともかく、週明け、高校での話のネタの大部分は「イカ天・バンド」だった。楽しかったけど、違和感があったのも事実。

 結局、あの頃輩出されて今でも健在と言い切れるのは、当時私の知らなかったBEGINぐらいなのかもしれない。フライングキッズもメディアでは殆ど見かけなくなった。ビギンも沖縄・石垣島出身でなかったらどうだろうか、とも思う。
 念のために記しておくが、活躍云々=音楽に対する評価ではない。「イカ天はアレだったけど、おかげで音楽やってて楽しいな」って思いながら現在も地道に活動しているミュージシャンを、陰ながら応援したい。

 ところで「エビ天」はどうなったんだろう。

2005年1月17日追記:
 天安門事件の際、学生運動側に理解を示していた当時の中国総書記、趙紫陽氏が本日亡くなった。ご冥福をお祈りします。
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by lidth-s-jay | 2004-12-13 10:12 | 音楽・芸能