我こそは楽隊のうさぎ(前編)

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 2000年発行(2003年文庫化)の中沢けい「楽隊のうさぎ」(新潮社)を読んだことがある。本を読むのが苦手な私が3時間近くで一気読みした、年に1度あるかないかという人間行動をさせてくれた小説である。題材は吹奏楽部(以下、「ブラス(バンド)」を併用)に入った少年の成長を脈々と綴っている。吹奏楽・音楽の用語(「マウスピース、以下“マッピ”」「リード」「ユニゾン」などなど)が出てくるところは、経験者としては懐かしさを覚えながら楽しく読むことが出来た。
 そう、私は中学の頃、吹奏楽部にいた。



 小学校卒業前から「自分はブラスをやる」と決めていて、希望通り吹奏楽部に入部した。
 c0004895_13595492.jpg私は金管のトランペットを担当したかったのだがマウスピースと唇が合わず、ホルンに回された。ホルンも魅力的ではあったが、演奏が難しい(管が3mと長いので吹くのが大変)わりにメロディ部分がなくて地味な楽器なので、ちょっと残念だった。ちなみに今思うにサックスなど大人になっても出来るような楽器をやらせてもらえばよかったとも。
 
 コンクールに出るのは2年生からなので、1年生の頃はひたすら「テニスの球取り」役に徹しつつ、マッピの吹き方から基礎練習までやっていた。
 男子部員に関しては先輩後輩の階層が少ない部活だったので、先輩には可愛がられた。ただ自分の直属の先輩は3年生部長で、練習を受けるときはかなり緊張した。ちなみにずいぶん前に書いたキレキレ少年「ふみちゃん」も同じ部活、しかも同じホルン担当だった。ふみちゃんは2年で転校してやはりそこのブラス部(県代表常連の名門部!)で活躍した・・・らしい。楽器を投げかねない奴なだけに今更ながら憂いの気分だ。

 *

 2年生になるとコンクール練習にも参加し、部長の変わりにパートリーダーとなったマヤ先輩の補助として積極的に関わっていったが、残念ながら結果は地区大会どまり。悔し泣きする先輩を見てて「そうか。。。来年は自分らの姿かなあ」なんて思っていた。1987年の夏のことである。ホール近くの喫茶店から流れるTUBEのマイナーでメロウな曲が珍しく耳に馴染んだ。
(後編へ)
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Commented by 3年B組山本山こか at 2005-02-27 00:56 x
吃驚仰天(オオゲサか)あたしもホルンでした。唯一最初から最後までやり遂げたコトガラであります。
ホルンの音色大好きだよ。万年県大会止まりでしたが・・・。
Commented by lidth-s-jay at 2005-02-27 16:08
キーワード

「普門館は夢の先」(でも当時は宗教の現場だとは思わなかった)
「風紋がかっこいいいと聞いて飛んできました」
「2年生でフルダブル使えたときの感動といったら」
「パーカスのヘタウマ具合がバンドを左右すると思ってる」
「バンドピープル略してバンピを毎月購入愛読していた」

長くなりそうなのでまずはこれにて。
by lidth-s-jay | 2005-02-26 14:00 | クラブ活動 | Comments(2)